東京高等裁判所 平成7年(行コ)89号 判決 1996年9月30日
控訴人 横浜南税務署長
代理人 湯川浩昭 高田秀子 田部井敏雄 ほか二名
被控訴人 丸田紳一
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。
二 控訴の趣旨に対する答弁
主文第一項と同旨
第二当事者の主張
原判決を次の一のとおり訂正し、当審における主張を次の二のとおり加えるほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決の訂正
原判決書三枚目裏五行目から六行目にかけての「住所地」を「住居」に、同一二枚目表九行目の「同法」を「所得税法」に、同一四枚目表一行目の「各係争年分」を「本件係争各年分」に、同一六枚目表五行目及び一一行目の各「本件更正処分」をいずれも「本件更正」に、それぞれ改める。
二 当審における主張
1 控訴人の主張
青色申告者において正当な理由がないのに帳簿書類の提示を拒否したといえるか否かは、一定の時点においてのみ判断されるべきものではなく、税務当局の行う調査の全過程を通じて、税務当局が帳簿書類の備付け状況等を確認するために社会通念上当然に要求される程度の努力を行ったにもかかわらず、その確認を行うことが客観的にできなかったといえるか否かを判断すべきである。また、調査場所における第三者の存在が税務調査に支障があるか否か、その第三者の排除を求めるか否かは、調査に当たった税務職員の裁量にゆだねられており、状況に応じて、第三者の排除等を求めるよりも穏便な方法、例えばいったん当該調査期日における調査を中止して、後日に再度調査を行うことにするか否かの判断も当該税務職員の裁量にゆだねられている。
本件各処分に至る経緯は、原判決事実欄第二の三の「1本件各処分に至る経緯」(原判決書三枚目裏四行目から同八枚目裏九行目まで)のとおりであり、仮に本件調査期日において和泉調査官が被控訴人の帳簿書類を確認することが可能であったとしても、同調査官が、調査場所である被控訴人方における武田の存在により、いわゆる守秘義務の見地から調査に支障が生じるとしてその排除を求め、被控訴人がこれに応じなかったため当日の調査を中止したことは、その合理的な裁量の範囲内のことというべきであり、右経緯のとおり、被控訴人は、その後においても帳簿書類の提示は可能であったのに、和泉調査官の要請にもかかわらず、全く調査に協力しようとしなかったのである。したがって、本件調査期日を含む税務調査の全過程を通じて判断すると、和泉調査官が社会通念上要求される程度の努力を尽くしたにもかかわらず、被控訴人の非協力により、被控訴人の帳簿書類の備付け状況等を確認できなかったというべきである。
以上のとおり、被控訴人は、正当な理由なくその帳簿書類の提示を拒んだというべきであるから、本件青色申告承認取消処分は適法である。
2 被控訴人の反論
被控訴人は、本件調査期日において、帳簿書類等を準備して和泉調査官の調査に臨んだのであり、同調査官は、その意思さえあれば、右帳簿書類等の確認をすることができた。そして、本件調査期日において右帳簿書類等の確認が可能であった以上、その後の、主として電話によるやりとりに過ぎない経過は問題にする余地がないというべきである。
第三証拠
原審及び当審記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 当裁判所も、被控訴人の請求はいずれも理由があり認容すべきものと判断する。その理由は、原判決に次の1のとおり付加し、当審における主張等につき当裁判所の判断を次の2のとおり補足するほかは、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決への付加
(一) 原判決書一九枚目裏三行目の「日計帳」を「会計日記帳」に、同五行目の「総勘定元帳」を「主要勘定口座取引明細書」に、同行の「領収書綴り」を「領収証綴り」に、それぞれ改め、同二二枚目表六行目から七行目にかけての「内容証明郵便による文書」の次に「<証拠略>」を加え、同二五枚目裏一行目の「あったと述べており」から同四行目の「のであるから」までを「あった旨、しかも、被控訴人が食堂兼居間にある電話で前記塩谷と交わした会話の内容が同調査官にも聞こえた旨述べており(<証拠略>以下、これらの証拠を「和泉供述」という。)、右和泉供述のとおりとすると」に、同七行目の「しかも」から「供述は」までを「また、証人武田の証言及び被控訴人本人の尋問結果によれば」に、同二六枚目表六行目の「こと、などを内容とするものであるから」を「ことが認められるから」に、それぞれ改め、同八行目の「武田が、」の次に「和泉供述のとおりの位置に座っていたとすると、」を加える。
(二) 原判決書二六枚目裏一行目のの「原告は」を「被控訴人本人は」に改め、同二行目の「ガラス戸」の次に「及び和室の戸」を加え、同四行目の「武田証人」を「証人武田」に、同五行目の「和泉証言」を「和泉供述」に、同七行目から八行目にかけての「別紙図面のような間取りの状況に照らし」を「<証拠略>の結果により認められる別紙図面のような本件調査当時の被控訴人宅の間取りの状況に照らすと」に、同二七枚目表一一行目の「前記和泉証言」を「前記和泉供述」に、それぞれ改め、同二八枚目裏六行目の「武田」の次に「の存在」を加える。
2 判断の補足
(一) 控訴人は、和泉供述のとおり、本件調査の際、武田は被控訴人宅の和室に座っていた和泉調査官から見通せる位置に座っていたとし、甲二四号証に記載された原判決別紙図面(以下、単に「別紙図面」という。)のような被控訴人宅の間取りについては、本件調査の後に家具等の配置替えがされ、右図面記載の家具等の配置は本件調査当時のものと異なっている可能性がある旨主張し、和泉供述、乙一四号証(鈴木俊雄からの聴取書)及び一五号証(岩崎光良からの聴取書)には、右主張にそう部分がある。
しかしながら、別紙図面記載の被控訴人宅の間取り等(これ自体については控訴人も特に争わない。)に照らすと、仮に同図面記載の位置に茶箪笥<B>がなく、かつ、食堂兼居間と廊下との間のガラス戸の和室側部分が開けられていた(茶箪笥<A>の側に寄せられていた)としても、和室に座っていた和泉調査官(その位置についても控訴人は概ね争わない。)から食堂兼居間にいた武田を見通せたとすると、同人は廊下に極めて接した位置にいたことになる。そして、和泉供述は、食卓は別紙図面より廊下に近い位置にあり、武田は右食卓の椅子に座っていたというのであるが、そうすると、そのような食卓の配置が可能であったとしても、右食卓(その大きさについて甲二四の記載を左右するに足りる証拠はない。)や椅子に座っている武田は、廊下側から食堂兼居間への出入りに相当障害になる筈である。もっとも、右食卓が別紙図面記載のように横向きではなく縦向きに配置されていれば、それほど出入りの障害にはならないとも考えられ、乙一三号証の和泉の供述中にはその可能性を述べる部分があるが、右供述は本件調査の六年以上後に可能性として述べるものに過ぎず、むしろ、本件調査直後に和泉が作成した見取図に基づくという(乙一三)<証拠略>添付の図面には食卓は横向きに記載されており、同人は、原審における証人尋問において甲二四号証を示されながら、右食卓の向きについては同号証の記載と異なる供述はしていないから、乙一三号証中の和泉の供述も、右食卓の向きについて甲二四号証の記載を左右するに足りない。そして、前記のような出入りの障害となる食卓の配置は、玄関からの正面に位置する部屋のものとして不自然である上、和泉供述も、和泉調査官は玄関を上がった後、真っ直ぐに食堂兼居間に入ったというものであって、右食卓や武田の存在が出入りの障害となったとはしていない。むしろ、乙一四号証記載の鈴木俊雄の供述は、本件調査の翌年のことではあるが、右食卓の大きさは甲二四号証の記載より小さかったとは思うが、その位置は同号証記載のあたりにあり、食堂兼居間を被控訴人と並んで歩くのに全く障害がなかったというのである。
以上の諸点を考慮すると、武田が廊下に接した位置の食卓の椅子に座っており、これを和室にいた和泉調査官から見通せたとする和泉供述は、結局採用し難いというほかはなく、乙一四号証も右判断を左右するに足りない。
(二) 和泉調査官は隣室の武田の存在を前提にして、なお税務調査に支障がないような方法を講じて調査を行うべきであったのであり、そのような努力を尽くしていれば本件帳簿類の確認ができたと考えられること、したがって、同調査官が武田の退去を求め、本件調査期日において本件帳簿類を調査しなかった判断が合理的なものといえないことは原判決説示のとおりである。
これに対し、控訴人は、和泉調査官の右判断も、同調査官にゆだねられた裁量の範囲内であると主張する。
しかしながら、既に説示のとおり、武田が調査会場である和室にいる和泉調査官から見通せる場所に座っていたと認めることはできず、また、武田は隣室にいて終始無言であったのであり、同人が調査の支障となり得るような客観的徴憑は何ら存しなかったのである。(なお、被控訴人が食堂兼居間にある電話で塩谷と交わした会話の内容が和室にいた和泉調査官に聞こえたとしても、それは和室と廊下の間の戸や廊下と食堂兼居間との間の戸が開いたままの状況下で、かつ、被控訴人は、あえて民商関係者からの電話であることが和泉調査官に分かるように話したことがうかがえる(<証拠略>)から、右の電話の件から、直ちに武田の存在が調査の支障になるものと結び付けることはできない。すなわち、これらの戸を閉めさえすれば、和室における調査の内容が右武田に聞こえたとは容易に考えにくい。)。しかるに、和泉調査官は、開いたままであったという和室と廊下との間の戸や廊下と食堂兼居間との間の戸を閉めることを求めることもせずに(和泉供述)、ひたすら税務調査における一般的な守秘義務を根拠に武田の退去を求め、これが容れられないと、用意してあった本件帳簿類を確認することなく、僅か三〇分程で調査を打ち切って被控訴人宅を退出したのであり、右のような和泉調査官の判断は、およそ税務調査の行われる家屋内に第三者がいる限り、常に調査に支障があるというに等しいものであり、合理的な裁量の範囲を越えるものというべきである。
(三) また、控訴人は、被控訴人が帳簿書類の提示を拒んだといえるか否かは、被控訴人に対する調査の全過程を通じて判断すべきであると主張する。そして、確かに、本件調査期日において被控訴人が和泉調査官に対し協力的とはいえない態度を示したことは原判決も認定のとおりであり、また、その後、本件青色申告承認取消処分までの間においても、被控訴人が和泉調査官が行おうとする調査に協力的とはいえなかったことも、原判決が認定する(原判決書二二枚目表四行目から同二三枚目表三行目まで)とおりである。
しかしながら、被控訴人が本件帳簿類を用意して本件調査に臨み、和泉調査官にその意思があれば内容を確認できる状態にあったにもかかわらず、同調査官が武田の退去に固執して本件帳簿類を確認しようとしなかったことは既に説示のとおりであり、また、その後においても和泉調査官は、武田の退去を求めたことが正当であったことを前提として、第三者を排除しての調査に応じるよう求めたことがうかがわれる。したがって、もともと調査に対し協力的であったとはいえないにせよ、本件調査には帳簿書類を用意して臨んだ被控訴人が、その後の、電話による和泉調査官からの接触に対し、真摯に調査期日の設定に応じようとしなかったことについては、同調査官の本件調査当日及びその後のいささか硬直的ともいえる態度にも一因があるというべきである。
そうすると、本件調査を含む被控訴人に対する調査の全過程から判断しても、被控訴人が正当な理由なく本件帳簿類の提示を拒み、このために控訴人が被控訴人における帳簿書類の備付け、記録及び保存を確認できなかったということはできない。
二 よって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 荒井史男 田村洋三 鈴木健太)
【参考】第一審(横浜地裁 平成四年(行ウ)第六号 平成七年六月二一日判決)
主文
一 被告が平成二年三月九日付けでした、原告の昭和六一年分以降の所得税の青色申告の承認の取消処分を取り消す。
二 被告がいずれも平成二年三月九日付けでした、原告の昭和六一年分の所得税の更正のうち、総所得金額二六二万三五〇八円を超える部分及び同年分の所得税の過少申告加算税賦課決定、原告の同六二年分の所得税の更正のうち、総所得金額一三七万六〇五〇円を超える部分及び同年分の所得税の過少申告加算税賦課決定、並びに原告の同六三年分の所得税の更正のうち、総所得金額二九五万八〇四四円を超える部分及び同年分の所得税の過少申告加算税賦課決定をいずれも取り消す。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 本件各処分に至る経緯等
原告は、塗装業を営み、その所得税につき被告から青色申告の承認を受けていた者であるが、昭和六一年から同六三年の各年分(以下「本件係争各年分」という。)の所得税について、法定申告期間内にいずれも青色申告書による確定申告をしたところ、被告が平成二年三月九日付けで、原告の昭和六一年分以降の所得税の青色申告の承認の取消処分(以下「本件青色申告承認取消処分」という。)をするとともに、原告の本件係争各年分の所得税について、各更正処分及び各過少申告加算税賦課決定(以下、右各更正処分を総称して「本件更正」と、右各過少申告加算税賦課決定を総称して「本件決定」という。)をしたため、被告に対し、これらにつき異議申立てをしたが棄却され、次いで国税不服審判所長に対し、審査請求をしたがこれも棄却された。これらの経緯は、別表一及び同二の一ないし三記載のとおりである。
2 本件各処分の違法
しかし、本件青色申告承認取消処分並びに本件更正及び本件決定は、いずれも違法であるから、原告は、請求の趣旨に記載したとおり、その取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1の各事実は認め、同2は争う。
三 本件各処分の根拠に関する被告の主張
1 本件各処分に至る経緯
(一) 原告は、横浜市港南区○○の事業所兼住所地(以下「原告宅」という。)で、塗装業を営む個人事業者であるが、被告は、原告の本件係争各年分の申告が適正であるか否かについて調査する必要があると判断し、被告所属の和泉克史国税調査官(以下「和泉調査官」という。)に調査を命じた。
(二) 和泉調査官は、平成元年八月三日午後二時ころ、原告宅に臨場したが、原告は不在で、原告の妻丸田佳子(以下「佳子」という。)が応対した。そこで、和泉調査官は、佳子に対し、身分証明書及び質問検査証を示して、原告の所得金額を確認するため本件係争各年分の所得税の調査に来訪した旨を告げ、調査協力を依頼したが、佳子が素直に調査に応じようとしなかったため、佳子に対し、同年九月四日午後一時ころに再び来訪するので、関係帳簿等を用意しておくよう要請し、その場を辞去した。
(三)(1) 和泉調査官は、同年九月四日午後一時ころ、原告宅に再び臨場し、原告に対し、身分証明書と質問検査証を提示して、所属及び氏名を名乗り、所得金額確認のために来訪した旨を告げた。すると原告は、和泉調査官の身分証明書の端を持って引っ張り、「どれどれ、良く見せろよ。俺より一〇歳も若いのか。」、「まあいい、上がれ。」などと言って、同調査官を原告宅に招き入れた。
(2) そこで、和泉調査官は、原告宅に上がり、原告に従って、台所を通り抜けて奥の部屋に入ろうとしたが、原告から「こっちじゃない、そっちの部屋だ。」と大声で、玄関左脇の和室の方を指差された。
(3) 和泉調査官は、台所に入った際、テーブルの椅子に四〇歳前後の男(以下「本件立会人」という。)が座っているのを認めた。
(4) 和泉調査官は、右和室内に入り、原告に指示された場所に台所の方を向いて着席したところ、原告は、同調査官の身分証明書や質問検査証を再度確認したり、所属部門の業務内容等についての質問を繰り返し、同調査官に調査をさせようとしなかった。しかも、この時、和室と台所の間の戸が開いたままになっており、和泉調査官は、座った位置から本件立会人を見ることができたが、その距離は四、五メートルしかなかった。
(5) 和泉調査官は、本件立会人が同席していると守秘義務を保持できないとの判断から、原告に対し、「そこにいる男の人は誰でどういう関係の人ですか。」と質問した。すると原告は、「なんだお前、人の家に上がり込んどいて、プライバシーにまで首を突っ込むのか、態度が悪いぞ。」と言って怒り出し、質問には答えなかった。
(6) そこで、和泉調査官は、原告に対し、本件立会人を退席させるよう要請したが、原告は、「友達だよ。この部屋にいないんだからいいじゃないか。」と言い立て、同調査官の右要請を拒否した。
和泉調査官は、「だめです。話が全部筒抜けになります。」と答え、原告の協力を求めたが、原告は、「どういう権限があるんだ、なぜだめなのか説明しろ。」と言い立て、同調査官に対し、質問調査権や守秘義務について説明させたうえ、更に、「(前回は、)どうしていきなり来たんだ。税務運営方針を読んでいるのか。」、「全然関係のない人間(佳子)に伝言を頼んだままで、その後今日まで全く連絡がないじゃないか。」、「なんだ、ふてくされているのか、態度が悪いぞ。人の話をちゃんと聞けよ。法律うんぬんの前に人間的な問題があるだろう。応対態度とかきちんとしろよ。」などと言い立て、同調査官の要請に応じようとはしなかった。
(7) このようなやり取りの最中、原告宅に電話がかかったため、原告は、台所の方に行き電話に出た。原告は、電話の相手方に対し、「うん、来ているよ。和泉君が来ているよ。なんだか変な話をし出してよ。朝から友達が来ているだけなのに。うん……あ、テレコ持ってきてよ、うちの壊れちゃってさ。」と話をしていた。和泉調査官は、これを聞き、原告が新たな立会人を要請している可能性もあり、もはやこれ以上、原告には調査に協力する意思がないと判断した。
(8) 原告は、電話の後、和泉調査官の所に戻り、「さてと、帳簿はここにあると……。」と言って着席し、帳簿と称する物を提示するかのような素振りを見せたが、「事前通知なんだけど、どうしてなかったの。」などと税務運営方針の話を繰り返し、一向に調査に協力しようとしなかった。和泉調査官は、三〇分近く、右のようなやり取りが続いたことから、「どうしても立会人に帰ってもらえないなら、私が帰ります。」と言って原告宅を辞去しようとした。
なお、本件立会人は、和泉調査官と原告との右のようなやり取りの間、同調査官の視線を避け、終始無言で前記椅子に座ったままであり、同調査官が玄関を出る際、原告とともに怒った様子で玄関まで出て来たが、同調査官は、そのまま原告宅を辞去した。
(四) 原告は、被告に対し、平成元年九月一一日付け内容証明郵便で、和泉調査官の原告宅への臨場の際の言動等に対する抗議文を送付し、被告は、同月一二日、これを受領した。
(五) 和泉調査官は、なんとか原告の調査協力を得ようと、同年一一月一六日午後三時ころ、原告に電話をし、調査に協力するよう要請したが、原告は、「調査協力はしますよ。しないとは言いませんが留保します。」などと述べ、同調査官に、留保の意味を聞かれると、「留保は留保だよ。」などと意味不明な回答をして調査に応じようとせず、更に、「無断で人の家に上がり込む奴がいるか。何考えているんだ。」などと言い立てた。そこで、和泉調査官は、止むを得ず電話を切った。
(六) 和泉調査官は、原告に対し、同二年一月二三日午後四時三〇分ころ、電話をしたところ、原告は不在で、佳子が応対したので、調査時に関係のない立会人がいると調査できず、また右立会人なしで帳簿書類を提示しないと青色申告の承認が取り消されることになるなどの説明をしたうえ、立会人なしの調査に応じるのであれば、原告の都合の良い日に訪問する旨を原告に伝言するよう依頼したところ、佳子は、後で原告の方から連絡をさせる旨回答した。
(七) しかし、原告から連絡がないので、和泉調査官は、同年一月二九日午後二時ころ、原告宅に再び電話をしたが、原告が不在であったため、応対に出た佳子に対し、同年二月二日午前一〇時に原告宅に臨場する予定であるので、調査に関係のない立会人なしで帳簿書類を提示するように原告に伝言してもらいたいと依頼したところ、佳子もこれを了承した。
(八) 同年二月一日午前九時四五分ころ、原告から和泉調査官に電話があり、原告は、同月二日は都合が悪いので、都合の良い日を原告の方から文書で回答したい旨述べた。これに対し、和泉調査官は、約六か月にわたり原告に調査協力を依頼しているのに応じてもらえず、確定申告期間も近いため、遅くとも翌週中には調査したい旨原告に申し入れたが、原告は、「これ以上話しても無駄だから、あとは書面で回答します。」と言い立て、一方的に電話を切った。和泉調査官は、直ちに原告宅に電話をかけ直したが、原告は不在とのことで、佳子が応答した。
そこで、和泉調査官は、佳子に対し、遅くとも来週中に調査に協力しない場合は、署の独自調査をする旨を原告に伝言するよう告げた。
2 本件青色申告承認取消処分の適法性
(一) 青色申告制度は、青色申告者に対し、種々の税法上の特典を与える反面、所得税法一四八条一項の規定により、青色申告者が帳簿書類を備え付けて取引を記録し、かつこれを保存することを義務付け、この義務に違反したときは、同法一五〇条一項一号により、青色申告の承認を取り消すこととしている。
これは、納税者の帳簿書類について、税務署長が同法二三四条の規定に基づく調査をし得ることを前提とし、税務署長が、その調査により、帳簿書類の備付け、記録及び保存が正しく行われていることを確認することができる場合にのみ青色申告承認による特典を与える趣旨に出たものであるから、青色申告者が右帳簿書類の調査に理由なく応じないため、税務署長が、その備付け、記録及び保存が正しく行われていることを確認できないときも、同法一五〇条一項一号の取消事由に該当すると解するべきである。ところが、原告は、被告のした調査に対し、終始非協力的な態度を取り続け、帳簿書類を提示しなかった。
(二) また、申告納税制度の下における納税者は、税法の定めるところに従って、正しい申告をする義務を負うとともに、その申告を確認する税務調査(質問検査権の行使)に対しては、所得金額の計算の基となる経済取引の実態を最もよく知っている者として、その申告内容が正しいことを税務職員に説明する義務を負う。
そして、税務職員が右質問検査権を行使する場合における第三者の立会いについては、税理士法三四条の規定以外に実定法上、特段の定めがないのだから、税理士以外の第三者の立会いを認めるか否かは、権限ある税務職員の合理的な裁量にゆだねられており、調査担当者は、税務調査の内容が被調査者のみならず、その取引の相手方の営業上の秘密に及ぶことも少なくないことから、守秘義務を負わない第三者の立会いを拒むこともできると解するべきである。
本件においては、前記1(三)(7)記載のような電話による会話内容が和泉調査官に聞こえたのであり、しかも、右電話は本件立会人が座っていた台所にあったのだから、仮に同調査官が、本件立会人を排除せず、質問検査を行えば、調査の秘密を保持することが困難であったといえる。そのうえ、本件立会人は、和泉調査官が原告に対し、本件立会人の身分を尋ねているのが聞こえていたはずなのに、終始無言で座っていたことや、同調査官が原告宅を辞去する際、怒った様子で玄関まで出て来たことなどからすれば、本件調査の立会いを目的として台所の椅子に座り続けていたことは明らかである。また、和泉調査官は、原告に対し、再三、本件立会人を排除したうえで帳簿書類を提示して調査に協力するよう要請したが、原告は、被告の調査に対して、本件立会人を排除したうえで帳簿書類を提示することを拒否して、調査に応じなかったのである。
(三) 以上のような原告の行為は、所得税法一五〇条一項一号の取消事由に該当するから、本件青色申告承認取消処分は、適法である。
3 本件更正の適法性
(一) 推計の必要性
原告は、前記のとおり、調査を拒否する態度を取り続けたのであるから、このような状況の下では、被告が、原告の収入、仕入及び経費等の具体的数額を把握することは、到底不可能であり、実額により、本件係争各年分の所得金額を算定することはできないから、これを推計により算出する必要性が存在したことは明らかである。
(二) 本件更正の根拠
本件係争各年分の原告の総所得(事業所得)金額及びその計算根拠は、次のとおりである。
(1) 昭和六一年分
右年分の事業所得の金額は、次のとおり五九三万三三六〇円である。
<1> 総収入金額 二〇八五万一九〇〇円
右金額は、原告の昭和六一年分の青色決算書の売上(収入)金額欄に記載された金額である。
<2> 特前所得金額 六二六万三九一一円
右金額は、<1>の総収入金額に、原告が納税地を置く横浜市港南区内に所得税の納税地を有し、かつ原告と事業規模の類似する同業者(以下「比準同業者」という。)の総収入金額に占める特前所得金額(青色申告の承認により特に控除することを認められたものの控除を行う前の事業所得の金額)の割合の平均値(以下「平均特前所得率」という。)三〇・〇四パーセント(別表三の一参照)を乗じて算出した金額である。
<3> 貸倒引当金繰り戻し額 一一万九四四九円
右金額は、原告が昭和六〇年分の所得税の申告書において青色特典を適用して必要経費に算入した貸倒引当金繰入額一一万九四四九円の繰り戻し額である(同法五二条二項)。
<4> 事業専従者控除額 四五万円
右金額は、原告の母、丸田正子に係る事業専従者控除額である(同法五七条三項)。
<5> 事業所得の金額 五九三万三三六〇円
右金額は、<2>と<3>の合計金額から<4>の金額を控除した金額である。
(2) 昭和六二年分
右年分の事業所得の金額は、次のとおり六〇七万七〇〇八円である。
<1> 総収入金額 一九六一万八三〇〇円
右金額は、原告の昭和六二年分の青色決算書の売上(収入)金額欄に記載された金額である。
<2> 特前所得金額 六五二万七〇〇八円
右金額は、<1>の総収入金額に、比準同業者の平均特前所得率三三・二七パーセント(別表三の二参照)を乗じて算出した金額である。
<3> 事業専従者控除額 四五万円
右金額は、原告の母、丸田正子に係る事業専従者控除額である(同法五七条三項)。
<4> 事業所得の金額 六〇七万七〇〇八円
右金額は、<2>の金額から<3>の金額を控除した金額である。
(3) 昭和六三年分
右年分の事業所得の金額は、次のとおり六七〇万〇六三〇円である。
<1> 総収入金額 二〇〇八万五八二〇円
右金額は、原告の昭和六三年分の青色決算書の売上(収入)金額欄に記載された金額である。
<2> 特前所得金額 六七〇万〇六三〇円
右金額は、<1>の総収入金額に、比準同業者の平均特前所得率三三・三六パーセント(別表三の三参照)を乗じて算出した金額である。
<3> 事業所得の金額 六七〇万〇六三〇円
右金額は、<2>の金額と同額である。
(三) 推計の合理性
(1) 被告が、原告の各係争年分の所得金額を算出するために採用した推計の方法は、原告の青色決算書記載の各総収入金額に、比準同業者の平均特前所得率を乗じることにより、原告の特前所得金額を算出したうえ、昭和六一年分については、右特前所得金額に青色特典により算入することが認められていた前年分の貸倒引当金を繰り戻し、更に事業専従者控除を行い、昭和六二年分については、右特前所得金額に事業専従者控除を行い、昭和六三年分については、右特前所得金額をもって所得を算出するというものである。
(2) ところで、右推計に用いた比準同業者は、原告が納税地を置く横浜市港南区を管轄区域とする横浜南税務署の管内に所得税の納税地を有する個人事業者のうち、次の<1>から<6>の基準すべてに該当する者を別表三の一ないし三のとおり、本件各係争年ごとに抽出したものである。
<1> 専ら塗装業を営む個人事業者
<2> 青色申告の承認を受け青色申告書を提出している者で、横浜市港南区内に事業所を有する者
<3> 年を通じて<1>の事業を継続している者
<4> <1>及び<2>の該当者のうち、対象年分における売上金額が次の範囲内である者
昭和六一年分 一〇四二万五九五〇円以上、四一七〇万三八〇〇円以下
昭和六二年分 九八〇万九一五〇円以上、三九二三万六六〇〇円以下
昭和六三年分 一〇〇四万二九一〇円以上、四〇一七万一六四〇円以下
<5> 雇人の年間延べ人数が、一名を超え二名以内である者
<6> 次のア及びイのいずれにも該当しない者
ア 災害等により経営状態が異常であると認められる者
イ 更正又は決定処分がされている者のうち、次の(a)又は(b)に該当する者
(a) 当該処分について国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間の経過していない者
(b) 当該処分について不服申立てがされ、又は訴えが提起されて、現在審理中である者
(3) 以上のとおり、被告の右推計には、恣意の介在する余地がなく、かつ、原告と業種及び事業規模等が極めて類似する青色申告の同業者の平均特前所得率を用いて本件係争各年分の事業所得の金額を推計したものであるから、原告の実際の所得金額に近似した数値が得られていると推認され、その方法には合理性がある。
4 本件更正及び決定の適法性
(一) 右のとおり、原告の本件係争各年分の総所得金額(事業所得)は、それぞれ
昭和六一年分 五九三万三三六〇円
昭和六二年分 六〇七万七〇〇八円
昭和六三年分 六七〇万〇六三〇円
であるが、本件更正処分における原告の総所得金額(事業所得)は、それぞれ
昭和六一年分 五八一万三九一一円
昭和六二年分 六〇七万七〇〇八円
昭和六三年分 六七〇万〇六三〇円
であって、いずれの年も被告が本訴で主張する金額の範囲内であるから、本件更正処分は適法である。
(二) ところで、原告がした確定申告の本件係争各年分の総所得金額は、別表二の一ないし三のとおりであり、いずれも右金額に対して過少に申告していたので、被告は、本件更正に伴い、原告が新たに納付すべき所得税額(国税通則法一一八条三項により一万円未満の端数切り捨て後の額)を基礎として、同法六五条一項、二項及び四項の規定により計算した過少申告加算税を各年分に賦課決定した。したがって、本件決定は、いずれも適法である。
四 被告の主張に対する原告の認否及び反論
1 被告の主張に対する認否
(一) 被告主張第二の三1(一)の事実のうち、原告が、原告宅で塗装業を営む個人事業者であることは認め、その余は争う。
同1(二)の事実のうち、被告主張の日時ころ、和泉調査官が原告宅に来たこと、そのとき原告が不在のため、佳子が応対したことは認め、その余は争う。
同1(三)(1)の事実のうち、被告主張の日時ころ、和泉調査官が原告宅に臨場したことは認め、その余は争う。
同1(三)(2)の事実は争う。
同1(三)(3)の事実のうち、「男」がいたことは認め、その余は争う。
同1(三)(4)の事実のうち、和泉調査官が、原告に指示された場所に着席したことは認め、その余は争う。
同1(三)(5)ないし(8)の事実は争う。
同1(四)の事実のうち、原告が、平成元年九月一一日付けで、被告宛てに内容証明郵便を送付し、被告がこれを受領したことは認め、その余は争う。
同1(五)の事実は争う。
同1(六)の事実のうち、被告主張の日時ころに、和泉調査官から原告宅に電話があり、佳子が応対したことは認め、その余は争う。
同1(七)の事実のうち、被告主張の日時ころ、和泉調査官が電話で、佳子に、平成二年二月二日午前一〇時に原告宅に臨場する旨連絡をしたことは認め、その余は争う。
同1(八)の事実のうち、被告主張の日時ころ、和泉調査官が原告宅に、電話をしたことは認め、その余は争う。
(二) 同2ないし4の事実のうち、原告の本件係争各年分の各総収入金額は認め、その余は争う。
2 本件各処分に対する原告の反論
(一) 原告は、平成元年九月四日、和泉調査官の来訪に備え、前記和室に本件係争各年分の総勘定元帳、日計帳、領収書綴りなどを準備し、当日来訪した同調査官に対し、これらの帳簿類を提示した。和泉調査官は、これらの帳簿類の存在を認めて、右日計帳を手に取り、ぱらぱらめくって見るなどしたうえ、それらの帳簿類全部を持ち帰りたいと申し出たが、原告は、原告方での調査を望み、右申し出を断ったのである。
右のとおり、原告は、所得税法一四八条一項の帳簿書類を備え付け、これを和泉調査官に対して提示したのである。したがって、被告がした本件各処分は違法である。
(二) 本件各処分は、被告が、原告の所属する港南民主商工会に対し、組織的打撃を加え、ひいてはこれを壊滅させるため行われた弾圧行為であるから、それ自体違法かつ無効なものである。
原告は、右港南民主商工会の副会長として、活発に活動していたため、被告に狙い撃ちされたものである。
第三証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
理由
一 請求原因1の各事実は、当事者間に争いがない。
二 本件各処分に至る経緯については、次のとおり認められる。なお、かっこ内に記載した証拠により認定した点を除くその余の事実は、当事者間に争いがない。
1 原告は、前記原告宅で塗装業を営む個人事業者である。
2 和泉調査官は、平成元年八月三日午後二時ころ、原告宅に臨場したが、原告が不在であったため、応対した妻の佳子に対し、原告の所得金額を確認するため調査に来た旨を告げ、同年九月四日午後一時ころ、再び来訪するので、関係帳簿等を用意して調査に協力するよう要請し、その旨を原告に伝えるように告げて、その場を辞去した(<証拠略>)。
3(一) 原告は、平成元年九月四日に実施される税務調査(以下「本件調査」という。)に備えて、本件係争各年分の日計帳(<証拠略>)、総勘定元帳(<証拠略>)及び領収書綴り(<証拠略>)の全部又は一部(以下、これらを「本件帳簿類」という。)を用意して、これを自宅和室の座卓又はその横付近に置いて、和泉調査官の来訪を待った(<証拠略>)。なお、原告宅の間取りは、おおむね別紙図面のとおりである(<証拠略>)。
(二) 和泉調査官は、同日午後一時ころ、原告宅を訪問し、原告に対し、身分証明書などを提示して氏名を名乗り、原告から入るように言われて、原告宅に上がった。
和泉調査官は、原告が食堂兼居間に入って行ったので、その後に続いて入室したが、原告から、和室に行くように告げられて和室に入り、原告から言われるままに事務室を背にして廊下の方を向き、座卓をはさんで廊下側に座った原告と向き合って着席した(<証拠略>)。
(三) 原告は、和泉調査官が着席した後、同調査官に対し、原告の指示のないまま食堂兼居間に入ったことに対する謝罪を求めたり、同調査官の身分、所属部門の業務内容、質問検査権の根拠及び守秘義務などについての質問を繰り返した(<証拠略>)。
(四) 一方、和泉調査官は、食堂兼居間に入った際、そこに武田昭雄がいるのを認めたため、原告に対し、武田と原告との関係を問いただし、立会人がいては守秘義務違反となり調査ができないので、武田を退室させて欲しい旨を再三要請した。しかし、原告は、武田は客であり、他の部屋にいるのだから守秘義務に反することはないなどと譲らず、和泉調査官の右要請に応じようとはしなかった。
(五) このようなやり取りの最中、原告宅に港南民主商工会の塩谷事務局次長から電話がかかり、原告は、食堂兼居間にある電話機で塩谷と会話して、同人に対し、テープレコーダーを持って来て欲しい旨を告げたが、和泉調査官は、原告の電話での右やり取りを聞き、武田のほかに第三者が立会人として原告宅に来るのではないかと考えた(<証拠略>)。
(六) 原告は、電話の後、和泉調査官の正面に戻り、用意していた本件帳簿類のうち一、二冊を取り出し、和室の座卓の上に置いたり、手に持って振ってみせるなどして、同調査官に対し、帳簿はここにあるから税務調査をして欲しい旨を述べたが、同調査官は、立会人がいると調査できない旨を述べ、右帳簿類を調査しようとはしなかった(<証拠略>)。
(七) その後も、両者の間で、税務運営方針や立会人に関するやり取りが繰り返され、和泉調査官は、立会人がいる所では調査ができないので、本件帳簿類などを預からせて欲しいなどと述べたが、原告はこれに応じようとはしなかった(<証拠略>)。
(八) 右のようなやり取りが続いた後、和泉調査官は、原告が再三の要請に対しても武田を退室させようとしないため、「立会人が帰らないなら私が帰る。」などと述べ、原告宅を辞去した。
和泉調査官が原告宅玄関を出ようとした際、原告と武田が玄関まで出て来たので、同調査官は武田と顔を合わせた。なお、和泉調査官が、原告宅にいた時間は約三〇分であり、同調査官が原告宅に臨場してから、辞去するまでの間、武田は、同調査官と会話をしたり、和室に入って来たことはなかった(<証拠略>)。
4 原告は、被告に対し、平成元年九月一一日付けで、和泉調査官の右臨場時の対応に抗議するとともに、同調査官を忌避するので、担当調査官を他の者に代えることを求めるという趣旨の内容証明郵便による文書を送付し、被告は、同月一二日、これを受領した。
5 和泉調査官は、平成元年一一月一六日、原告に電話をし、調査協力を要請したが、原告は、留保するなどと回答した。その後、和泉調査官は、同二年一月二三日、原告に電話をし、不在であった原告に代わって応対した佳子に対し、調査に関係のない者を排除したうえで帳簿等の調査に応じるなら、都合の良い日を連絡して欲しいこと、これに応じない場合には、青色申告の承認が取り消されることになる旨を告げた。これに対し、佳子は、後から原告に連絡させると述べた。
6 和泉調査官は、平成二年一月二九日、原告に対し、再び電話をしたが、原告が不在であったため、応対に出た佳子に対し、同年二月二日午前一〇時に原告宅に臨場する予定であることを告げた。
7 平成二年二月一日、原告から和泉調査官に電話があり、原告は、右同月二日は都合が悪いので、都合の良い日を原告の方から文書で回答したい旨を述べ、電話を切った。これに対し、和泉調査官は、遅くとも翌週中には調査したい旨を原告に申し入れようと、原告宅に電話をかけ直し、応対した佳子に対し、来週中に調査協力しない場合は、原告の青色申告承認を取り消し、更正処分をする旨を原告に伝言するよう告げた。
三 本件青色申告承認取消処分の適法性
1(一) 青色申告制度は、納税義務者に対し、帳簿書類の備付け、記録及び保存が正しく行われていることを前提として、種々の税法上の特典を与える制度であるから、税務署長が、その帳簿書類の備付け、記録及び保存が正しく行われていることを確認することができる場合にのみ、納税義務者に右特典を与える趣旨であると解される。したがって、税務署長は、青色申告の承認を受けている納税義務者が、当該帳簿書類の調査に正当な理由なく応じないため、当該帳簿書類の備付け、記録及び保存が正しく行われていることを確認することができない場合には、右納税義務者に、右のような特典を与えないことができるというべきである。
以上からすれば、税務署長は、青色申告の承認を受けた者が、当該帳簿書類の備付け、記録及び保存を正しく行っていない場合に、所得税法一五〇条一項一号に基づいて、右青色申告の承認を取り消し得るだけでなく、青色申告の承認を受けた者が、右帳簿書類の調査に正当な理由なく応じないため、その備付け、記録及び保存が正しく行われていることを確認できない場合にも、同号によって右青色申告の承認を取り消し得ると解するべきである。
(二) なお、税務調査の際、税務職員である調査担当者が、被調査者から、被調査者以外の第三者の立合いを求められた場合に、これが許されるべきかどうかについては、税理士法三四条の規定以外に実定法上特段の定めがなく、しかも税務調査の内容が被調査者のみならず、その取引の相手方の営業上の秘密に及ぶことが少なくないことなどからすれば、この点の判断は、権限ある調査担当者の合理的な裁量にゆだねられていると解するべきである。
したがって、税務調査の際、被調査者が、帳簿書類を調査担当者に提示したとしても、税理士以外の第三者が現に調査場所に立ち会い、そのため、調査担当者による帳簿内容の確認や質問検査権の行使に支障が生ずるおそれがあるときは、同担当者は、被調査者に対し、右のような第三者の立会いの排除を求めることができるものというべきであり、被調査者が、右排除の求めに応じないため、調査担当者が、その合理的な判断に基づいて調査を打ち切った場合には、このようなときも、青色申告の承認を受けた者が帳簿書類の調査に正当な理由なく応じないため、その備付け、記録及び保存が正しく行われていることを確認できない場合に該当するものとして、税務署長は、所得税法一五〇条一項一号に基づき、青色申告の承認を取り消すことができると解される。
2 ところで、本件においては、前記認定のとおり、和泉調査官は、武田が第三者であり、本件調査の立会人であるとして退室させるよう求めたが、原告がこれに応じなかったため、調査をしないまま辞去したのであるから、右武田が、本件調査の支障になり、同調査官がその排除を求めたことが合理的な判断であったかどうかを検討する。
(一) 和泉調査官は、本件調査の際、玄関から原告に従って食堂兼居間に入った際、食堂の椅子に四〇歳前後の男(武田)が、顔を見せないで座っており、同調査官が和室に入った後も、食堂兼居間と廊下の引き戸が開いており、和室と廊下の間の戸も開いていたので、同調査官が、和室(編注・「和室」は「食堂兼居間」の誤りか)にいた武田を見ることができ、その距離は、四、五メートルであったと述べており(<証拠略>)、しかも、原告が食堂兼居間にある電話で前記塩谷と交わした会話の内容が同調査官にも聞こえたのであるから、和室内の本件調査に関する原告と同調査官の会話内容も、武田に聞こえてしまうおそれがないわけではなく、これが本件調査の支障になることも考えられなくはない。
しかも、武田証言及び原告本人の供述は、武田は、民主商工会の会員であり、同会を通じて、本件調査の約五年前から、原告と付合いがあるが、その付合いはそれぞれが従事する仕事を離れてのものではなかったこと、武田は、本件調査の当日、ボルトの錆止めの塗料の見積方法を聞くために原告宅に行ったが、その要件はさほど緊急なものではなかったこと、また、原告宅と武田宅とは自動車で二、三〇分の距離にあり、本件調査当日、武田は、雨天の中、原告宅に行き、午後零時三〇分ころ到着したが、午後一時から税務調査があると聞かされたのに、それが終わるまで待つことにして、本件調査時に原告宅に居合わせたこと、などを内容とするものであるから、これらからしては、武田が、本件調査の実施を知ったうえで原告宅を訪れた疑いを否定することはできず、したがって、武田が、原告と和泉調査官との右会話内容に聞き耳を立てている可能性も低いとはいえず、いわゆる守秘義務の見地から、これを排除しようとした同調査官の要請もあながち理由のないものではないことになる。
(二) しかし、原告は、和泉調査官が和室に入った後、玄関と食堂兼居間のガラス戸は閉じられていたから、同調査官の位置からは武田を見ることはできないはずであるし、そもそも武田は、右ガラス戸のそばにはいなかった旨供述し、武田証人も同様の証言をしており、この点で明らかに和泉証言と対立しているところ、仮に右ガラス戸が開いていて、同調査官がいたとされる位置から武田を見ることができたとすれば、別紙図面のような間取りの状況に照らし、武田は食堂兼居間の隅に、かつ廊下に接するように座っていたことになるが、この位置に座っていたとすると極めて不自然な位置にいたことになり、これは武田が、本件調査に積極的に関与し、あるいは原告と同調査官とのやり取りの内容を聴取しておくなど、なんらかの意図を持ってあえてその位置に座っていたと考えないと理解することはできない。しかしながら、武田がそのような意図を持ってその位置にいたことを認定するに足る的確な証拠はないと言わざるを得ないうえ、前記認定のとおり、本件調査の際、武田は、和泉調査官と原告が和室にいた際に、別室である食堂兼居間におり、そこから和室に顔を出したり、声をかけたりもせず、和室(編注・「和室」は「食堂兼居間」の誤りか)から一歩も外に出ることなく、終始無言でいたという事実を勘案して検討すれば、右(一)の各事実をもってするだけでは武田の右意図を推認することはできず、ひいては同調査官が座っていた位置から武田を見通せたという点に関する前記和泉証言の内容も信用することができない。
以上検討したところによれば、武田が、本件調査に支障を及ぼすような第三者であると解することはできないと言わざるを得ないから、和泉調査官がこのような武田の退室を要請して、原告の手元にあった本件帳簿類を調査しようとしなかったのは、武田が立会人に当たるか否かという点に関する事実の判断を誤って、不当に調査をしなかったそしりを免れないというべきであり、その判断が合理的であったとは言い難い。この点は、和泉調査官が右調査をしなかったのは、武田について誤解した結果であり、そのような誤解に止むを得ない点があったとしても、調査が可能であったのにこれをしなかったことに変わりはない以上、右結論を左右するものではない。
3 なお、被告は、原告の帳簿等を確認することができなかったのは、原告が本件調査に関し、終始非協力的な態度を取り続け、本件帳簿等を提示しようとしなかったためであるとも主張する。
確かに、前記認定のとおり、平成元年九月四日の本件調査時において、原告が、調査の冒頭から、和泉調査官が食堂兼居間に入ったことに対する謝罪を求めたり、同調査官の身分、所属部門の業務内容、質問検査権の根拠及び守秘義務などについて質問を繰り返し、また、原告宅に塩谷から電話が入ると、同人に対し、テープレコーダーを持って来て欲しい旨を告げたり、更に、右電話の後も、税務運営方針に関するやり取りを繰り返したりしていることや、本件調査後の同調査官との電話でのやり取りの内容などに照らせば、被告の調査に対する原告の態度が、非協力的であったことは否めない。
しかし、前記認定に係る本件調査の状況によれば、本件調査当日に限ってみれば、和泉調査官が、本件帳簿類を確認できなかったのは、専ら、同調査官が、隣室の武田に神経質になりすぎ、同人が、本件調査に立ち会うために原告宅に来たものと一方的に決めつけ、その排除に拘泥しすぎた結果、これにいささか感情的に対応した原告と言い争いになったためであり、まして原告は、本件調査の準備のため、本件帳簿類を前記和室の座卓又はその横付近に置いて用意し、また、同調査官と向き合ってからは、本件帳簿類のうち一、二冊を、右座卓の上に置いたり、これらを手に持って、振ってみせるなどして、同調査官に対し、調査をして欲しい旨を述べるという行為までしているのであるから、この行為が、帳簿書類の提示といえるかはともかく、同調査官としては、隣室の武田の存在を前提にして、なお、税務調査に支障がないような方法を講じたうえ調査を行うべきであったと解され、同調査官が、武田の排除に拘泥して、約三〇分という短時間で調査を打ち切ることなく、ある程度、粘り強い態度で、調査努力を行っていれば、本件帳簿類を確認することができたと考えられる。
したがって、本件において、原告が、帳簿書類の調査に正当な理由なく応じないため、税務署長が、その備付け、記録及び保存が正しく行われていることを確認できなかったものとは断定し難い。
4 以上によれば、本件青色申告承認取消処分については、被告が処分理由として主張する事実の存在を肯定することはできないから、右処分は、これに対するその余の点について判断をするまでもなく違法であり、取消しを免れない。
四 本件更正及び本件決定の適法性
本件更正及び本件決定は、本件青色申告承認取消処分を前提にして行われたことは前記のとおりであるから、右青色申告承認取消処分が取り消される以上、本件更正及び本件決定に対するその余の主張について判断をするまでもなく、違法なものとして取り消されるべきである。
五 結語
よって、原告の請求は、いずれも理由があるから、これを認容し、訴訟費用について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 尾方滋 秋武憲一 小河原寧)
<別表略>
別紙図面<省略>